どこをとっても美しい米の話 | 星付き和食店 有名ホテル採用、ご自宅用のお米【京都・八代目儀兵衛】

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2013年8月7日

どこをとっても美しい米の話

そのお米の名は“はつしも”。

“はつしも”の炊きあがった炊飯器を開ける一瞬は、
臆病な私にとって、少々手に汗を握るものであった。

そして炊飯器は開いた。

私は目をまんまると見開いた。

『不気味・・・?これの何処が不気味というのだろう。
Aさんは私を騙したのか』

もう自分の位置に着席しているAさんを、
まるでその先の壁のカレンダーでも見るかのように装いながら、見た。

何ら企んでいなさそうな、只の空腹の表情だった。

どうやら騙したわけではないようだ。

もう一回、その米粒を見た。
まじまじと“見てしまっていた”。
その芸術的な粒の姿かたちに惹きこまれていた。

気付けば1分が経過。

『これは不気味なのではない。
・・・美しすぎるのだ・・・』

否、人にも多様な考え方がある。

美しすぎるものや、綺麗に整ったものは、確かに不気味ともとれる。
その感覚は分からなくもない。

たまにテレビで見かける、ある女優。
世にも珍しい、左右対称の顔の持ち主だと謂う。

その女優は確かに美しいのだ。

しかし、何処となく人工的に見えてしまう。
美しさが故に、違和感を感じ、不気味に映る。

だが、やはり、美しい。

20分でも30分でも、1時間でも見つめられる。
下手すれば、ちょっとした空き時間に見るのが趣味になりそうなぐらいに。

そう、その感覚。
“はつしも”という米は、
私をそんな感覚に陥れる、容姿端麗の米なのだ。

一粒一粒、全ての粒がこんなに明瞭な顔立ちだなんて。

そして、この“はつしも”、
薄々思っていたが粒が大きい。

だから余計に明瞭に見える。
ずっと見つめていると、顔から15センチぐらいに迫ってくるように見える。
一粒一粒の存在感が、凄まじい。

まるでモデルような、圧倒的な存在感。

では、味はどうなのか。
見た目から格別に異なる存在感に、期待は膨らむ。

思った通りだった。
口に運んでも、その美しさは続いた。

その姿を崩すことなく、ふっくらとした感触を保つ。
“はつしも”は油断を知らないようだ。

ふっくらとしたその感触が、
高級ホテルのベッドのように厚みがありながら、ふんわり心地よい。
いつまでも、酔いしれていたい。

四六時中、美しい。
何をしていても、美しい。
プライベートも抜かりない女優といったところだ。

あっという間の昼休み。
じっと見ては食べ、じっと見ては食べ、
そうやって、あっという間に茶碗から消えた“はつしも”。

気づけば、目を見開いたり、うっとりとした顔で、
私は“はつしも”を食べていた。

同じく食べ終わったAさんが、
どうやら遠目で私を見ていたようで、私に向かってこう言った。

「その表情、なんだか不気味だよ」と。

『そうだ、真の不気味とはこういうことだ。分かったか』

心の中で得意げにそう思いながら、
我にかえり、顔を赤らめる私であった。

ハツシモ

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